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神戸地方裁判所 昭和50年(ワ)1062号 判決

原告 アサヒ産業株式会社

右代表者代表取締役 高橋貞雄

右訴訟代理人弁護士 守山孝三

被告 岡崎たかの

同 岡崎照美

右被告両名訴訟代理人弁護士 小西隆

被告 岡崎孝

被告 三喜設備工業株式会社

右代表者代表取締役 山野裕

右被告両名訴訟代理人弁護士 模泰吉

主文

一  被告岡崎たかのと被告岡崎孝との間で、昭和四八年五月一五日頃、別紙物件目録記載の各物件についてこれを被告岡崎たかのの単独所有とする旨の遺産分割の協議を取消す。

二  被告岡崎たかのは被告岡崎孝に対し別紙物件目録記載の各物件について三分の一の持分の所有権移転登記手続をせよ。

三  被告岡崎孝は原告に対し別紙物件目録記載の各物件の三分の一の持分につき別紙抵当権設定登記の表示記載の登記手続をせよ。

四  被告岡崎孝および被告三喜設備工業株式会社は原告に対し連帯して金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和五一年三月一〇日以降右完済まで年六分の割合による金員を支払え。

五  原告その余の請求を棄却する。

六  訴訟費用はこれを四分し、その一について原告と被告岡崎照美の間で原告の負担とし、爾余の三について原告と被告岡崎孝、同岡崎たかのおよび同三喜設備工業株式会社との間で右被告らの負担とする。

七  主文第四項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

(原告)

(一)  主位的請求

「一 被告岡崎たかのは被告岡崎孝および同岡崎照美に対し別紙物件目録記載の各物件につき各三分の一の持分の移転登記手続をせよ。

二 被告岡崎孝および同岡崎照美は原告に対し別紙物件目録記載の各物件の各三分の一の持分につき別紙抵当権設定登記の表示記載の登記手続をせよ。

三 被告岡崎孝、同岡崎照美および同三喜設備工業株式会社は原告に対し連帯して金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四八年四月二六日以降右完済まで年六分の割合による金員を支払え。

四 訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決、請求の趣旨第三項につき仮執行の宣言

(二)  予備的請求(前記第一、第二項につき)

「一 被告岡崎たかのと被告岡崎孝および同岡崎照美との間で、昭和四八年五月一五日頃、別紙物件目録記載の各物件についてこれを被告岡崎たかのの単独所有とする旨の遺産分割の協議を取消す。

二 被告岡崎たかのは被告岡崎孝および同岡崎照美に対し別紙物件目録記載の各物件につき各三分の一の持分の所有権移転登記手続をせよ。

三 被告岡崎孝および同岡崎照美は原告に対し別紙物件目録記載の各物件の三分の一の持分につき別紙抵当権設定登記の表示記載の登記手続をせよ。」

との判決

(被告ら)

原告の各請求棄却の判決

第二当事者の主張

一  別紙物件目録記載の各物件(以下「本件不動産」という)はもと訴外岡崎勇夫(以下、単に「勇夫」という)の所有であったところ、同人は、昭和四六年四月一三日、死亡したので、同人の妻である被告岡崎たかの(以下「被告たかの」という)、養子である被告岡崎孝(以下「被告孝」という)、同岡崎照美(以下「被告照美」という)が各三分の一の割合で相続により共有権を取得した。

二  原告は住宅機器の販売を業とする会社であり、被告三喜設備工業株式会社(以下「被告会社」という)は上下水道工事業を営んでいた会社であって、原告は被告会社に対し水道工事部品を販売していたが、被告会社は運転資金に不足を来たし、原告は被告会社の社長の弟であり、かつ、その取締役、経理部長であった被告孝の要請により被告会社に対し、昭和四七年三月頃金二三五万円を貸与した。

三  ついで、被告孝は原告に対し被告会社の借入債務につき金一、〇〇〇万円を限度として被告孝および同人の妻である被告照美が親から相続した不動産(兵庫県三原郡三原町志知難波所在)につき各三分の一の持分を担保として提供し、かつ、右両名が連帯保証をするから被告会社に対し融資されたいとの申出があったので、原告は右申入れを了承し、前記貸金二三五万円の外に昭和四七年五月二五日から同年六月初にかけて二回に分けて合計金八二一万三、九一三円を被告会社に貸与した。

四  被告会社は、その後、前記借入債務につき昭和四七年一〇月、うち金五六万三、九一三円を弁済し、昭和四七年一一月現在、被告会社の右借入債務残は金一、〇〇〇万円となった。

五  そして被告孝および同照美(被告孝を代理人として)は、昭和四七年一一月一五日、原告に対し本件不動産につき抵当権を設定する旨の契約を公正証書に作成することを委嘱し、その旨の公正証書が作成された。

仮りに被告照美が被告孝に対し自動車の登録名義変更手続を委任したにとゞまるとしても右手続は公法上の行為の面もあるが、一面、私法上の行為でもあるから、表見代理が成立する余地はある。

六  被告会社は、その後、支払能力が回復せず、昭和四八年四月一八日、不渡手形を出して倒産した。

七  ところが本件不動産のうち既に登記のされていた物件については、昭和四八年五月一五日、亡勇夫から被告たかのへ単独相続による所有権移転登記がなされ、うち未登記物件については、同年六月五日、被告たかのの所有名義で保存登記がなされ、被告孝、同照美は遺産を取得しなかったように処理されている。

八  前記のように亡勇夫の全遺産を子である被告孝および同照美の所有名義としないで年老いた被告たかのの単独所有名義にするような協議をすることは不自然であって、同被告の単独相続と同結果となる相続登記をしたことは被告孝および同照美が前記のように被告会社の原告に対する債務につき保証をなし、かつ、本件不動産の各三分の一の持分につき抵当権設定登記をなしていたので、被告孝および同照美が各三分の一の割合の相続登記をすれば共有持分を前記債務の弁済に充てなければならなくなるので、被告会社の倒産後に被告孝、同照美と同たかのの三名が相談のうえ、原告からの抵当権設定登記請求や保証債務による相続財産に対する差押を免れる目的でなされた通謀虚偽表示行為で無効なものである。

右のことはつぎの事情から充分に推認できるところである。

(イ)  被告たかのの単独相続による登記は主債務者である被告会社が倒産した直後になされていること

(ロ)  相続開始後である昭和四七年度、昭和四八年度の本件不動産の固定資産税を被告ら三名の共有財産として課税を受け、右三名が納税義務者として納税していること

(ハ)  被告孝は、昭和四七年五月、原告の社長や社員、司法書士に対し自分と妻が本件不動産につき各三分の一の権利を相続により取得した旨述べて、右持分権に抵当権設定の公正証書の作成を委嘱したこと

(ニ)  本件不動産の名義が被告たかのの単独名義に変った後である、昭和四八年七月一一日、原告の社員が被告たかのおよび同照美に面談し追及したところ、被告たかのは本件不動産につき自分の単独名義とした経過は被告孝および同照美の両名から被告たかのの単独名義にすることをすゝめられ、右言に従ったものである旨弁解し、本訴で答弁するような生前贈与の話はしなかったこと

(ホ)  被告らはその主張する生前贈与につき原告からその内容につき釈明を求められたが、結局、その量、項目についてこれを明らかにできず、また、その資料がないと答えるにとゞまったこと

(ヘ)  本件不動産につき、昭和四六年六月一五日、相続開始しているのであるから、被告ら主張のような遺産分割の協議が真実なされたのであれば、相続開始後二年間も登記を放置する筈がないこと

九  よって原告は第一次的に被告たかのに対し同被告と被告孝および同照美間の前記協議行為を通謀虚偽表示により無効であるとし、被告孝および同照美の各三分の一の持分権に基づく被告たかのに対する共有権移転登記請求権を債権者代位権によって行使する。そうして被告岡崎孝、同岡崎照美に対しては本件不動産の各三分の一の持分につき、別紙抵当権の表示記載のとおり設定登記(以下「本件抵当権設定登記」という)を求める。

一〇  仮りに前記行為が通謀虚偽の意思表示でなく被告ら三名の真意による遺産分割協議であると仮定しても、本件不動産は被告岡崎たかの、同岡崎孝および同岡崎照美の三名の共有になったもので、被告岡崎孝および同岡崎照美は被告会社の原告に対する債務の担保として各三分の一の共有持分を提供すべき義務を負い、かつ、保証人として支払義務をもっていたものであるが、右協議当時には他に何等の資産をも有していなかったにもかゝわらず、被告岡崎たかのの単独所有名義とする旨の協議をすることは、実質的には、被告岡崎孝および同岡崎照美から被告岡崎たかのに対する各三分の一の共有持分の贈与の性質をもつもので債権者である原告に対する詐害行為であり、被告岡崎たかのは右につき悪意である。

一一  よって原告は予備的に被告岡崎たかのと同岡崎孝および同岡崎照美との間でなされた前記遺産分割の協議を取消し、被告岡崎たかのに対し本件不動産につき各三分の一の持分を被告岡崎孝および同岡崎照美へ移転登記手続を、被告岡崎孝および同岡崎照美に対し右各三分の一の持分につき本件抵当権設定登記手続を、それぞれ、求める。

一二  原告は前記金一、〇〇〇万円の貸金残について主債務者である被告会社、連帯保証人である被告岡崎孝、同岡崎照美に対し連帯して右金員およびこれに対する昭和四八年四月二六日以降右完済まで年六分の割合による損害金の支払を求める。

(被告岡崎たかの、同岡崎照美)

一  原告の主張第一項のうち被告孝および同照美が本件不動産の各三分の一の持分を遺産承継したことを否認し、その余の事実を認める。

二  同第二項の事実は不知。

三  同第三項のうち被告照美の担保提供、保証の事実を否認し、その余の事実は不知。

四  同第四項の事実は不知。

五  同第五項の公正証書の存在することを認めるが、その余の事実を争う。被告照美は、昭和四七年七月頃、被告孝から自動車の登録名義の変更手続を行うに必要であると欺罔されて、自己の印鑑および印鑑証明書を被告孝に交付したところ、同被告がこれを冒用して被告照美不知の間にその代理人の如く装って公正証書作成手続を委任したものである。

また、被告照美が同孝に印鑑および印鑑証明書を交付したことが一種の委任に当ると仮定しても右は自動車登録官署に対する登録変更申請手続という公法上の行為の委任であるから、これを基本代理権として原告との間の契約成立につき表見代理を論ずる余地はない。

六  同第六項の事実は不知。

七  同第七項のうち、本件不動産につき主張のような登記のされていることを認め、その余の事実は争う。

八  同第八項の事実を否認する。岡崎勇夫の死後、その遺産である本件不動産について相続人被告岡崎たかの、同岡崎孝、同岡崎照美の三名が分割につき協議した結果、昭和四八年四月下旬、被告岡崎孝、同岡崎照美の両名は被相続人の生前において同人から相当額の贈与を受けている事情を考慮し、相続開始時点における勇夫名義の財産は、全部、被告岡崎たかのが承継する旨協議が成立し、その旨、相続を原因とする移転登記を経由した。分割によって第三者の権利を害することは許されないが、原告は自己の権利取得につき対抗要件を具備していない。

九  同第一〇項の事実を否認する。

(被告岡崎孝、被告会社)

一  原告の主張第一項につき被告岡崎たかの、同岡崎照美の答弁と同じ。

二  同第二項の事実を認める。

三  同第三項のうち、被告会社が原告より金八二一万三、九一三円を借受けたこと、被告岡崎孝が自己および妻の照美において保証人になることを申出で原告がこれを了承したことを認めるが、本件不動産を担保に提供することを承諾したことを否認する。

四  同第四項を認める。

五  同第五項の公正証書の存在することを認めるが、その余の事実を争う。被告岡崎孝は保証人になることを承諾し、昭和四七年八月頃妻照美に対し中古車の名義書換に必要だからと偽って照美から同人の印鑑証明を受取り、自己の印鑑証明とともに原告の指定する司法書士に届けたところ、原告は被告岡崎孝と何の約束もないのにかゝわらず、本件不動産を抵当に入れる旨の公正証書を作成した。被告岡崎孝は、昭和四八年八月一一日、初めて右公正証書の内容を知った。

六  同第六項を争う。

七  同第七項のうち、本件不動産につき主張のような登記されていることを認め、その余の事実を争う。

八  同第八項の事実を否認する。被告岡崎孝、同岡崎照美は亡岡崎勇夫、たかのの養子であって実の子ではないから、被告岡崎たかのが本件不動産を単独で相続するのはごく普通のことゝして、同被告の単独名義にしたにすぎない。

九  同第一〇項の事実を否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  本件不動産がもと勇夫の所有であったが、同人が、昭和四六年四月一三日、死亡したこと、本件不動産につき原告主張第七項のとおり登記のされていること、原告主張第五項のとおり公正証書が作成されていることおよび被告たかのが勇夫の妻、被告孝、同照美が勇夫の養子であったことは、いずれも、当事者間に争いがない。右事実と《証拠省略》によれば被告たかの、同孝および同照美は勇夫の死亡により本件不動産を各三分の一の割合で相続したものということができる。

二  原告主張第二項の事実は原告と被告孝および被告会社との間では争がなく、原告とその余の被告らとの間でも《証拠省略》によってこれを認めることができ右認定に反する証拠はない。

三  《証拠省略》によれば被告孝は、昭和四七年五月頃、被告会社のために原告に対しさらに、融資方を申込んだところ、個人の担保を提供するよう求められ、前記借受金を含め金一、〇〇〇万円を限度として自分と妻の被告照美が勇夫から相続した本件不動産につき各三分の一の持分を担保として提供し、かつ、連帯保証をすることを申出で、同年五月二五日および六月の二回にわたり計金八二〇万円余りを被告会社のために借受け(原告と被告孝および被告会社との間では金八二一万三、九一三円を借受けたことは争がない)、借受元金一、〇〇〇万円につき本件不動産につき抵当権を設定し、かつ、被告孝において連帯保証をする旨の公正証書の作成を委嘱した(その旨の公正証書が作成されたことは当事者間に争がない)が、本件不動産について相続登記がなされていなかったのでこれを待ち、かつ、戸籍謄本の取寄せに手間取るうち、被告孝が、同年一〇月頃から昭和四八年三月頃まで居所を不明となし、その後、間もなく本件不動産につき原告主張第七項のとおり登記がなされ(右登記の事実は当事者間に争がない)るに至ったので、原告は、昭和四八年一〇月三〇日、被告孝との間で被告会社の原告に対する債務合計金三、三二〇万七、八六八円のうち前記債務金一、〇〇〇万円の限度で前記公正証書記載のとおり抵当権を設定したことを確認したことが認められる。被告孝本人尋問の結果中同被告が本件不動産につき抵当権設定を承諾したり、その旨の公正証書の作成を委嘱したことはない旨の供述部分は前掲示証拠に照らし容易に信じられない。他に右認定に反する証拠はない。

四  ところで、甲第八号証によれば被告孝の外被告照美の名義においても被告会社の原告に対する前記債務について本件不動産のうち被告照美の持分三分の一に抵当権を設定し、かつ、連帯保証する旨の公正証書作成嘱託権限を委任する旨の記載があり、右委任を受けて作成嘱託された前記公正証書中には被告照美についても右同旨の記載のあることが窺われるが、《証拠省略》によれば被告孝と同照美は夫婦ではあったが、被告孝が被告会社に勤務するようになってからは殆ど別居の状態で、同照美は被告会社の債務につき本件不動産の自己の持分に抵当権を設定したり、連帯保証をするような話をきかされたことはなかったこと、被告孝が、昭和四七年七月頃、帰宅した際、被告照美は同孝から自動車の登録名義変更手続に必要であるといわれて自分の印鑑および印鑑証明書を被告孝に交付したところ、被告孝は右印鑑、印鑑証明書を白紙委任状とともに原告に提出したにすぎないものであることが認められ、《証拠省略》によれば甲第八号証中被告照美名義の署名、捺印は、いずれも、被告孝がこれをしたものであることが認められるのでこれら認定事実に照らし甲第八号証および前記公正証書中被告照美に関する記載部分は容易に信じられない。他に同被告においても被告会社の原告に対する前記債務につき本件不動産の自己の持分に抵当権を設定し、かつ、連帯保証したものと認め得る証拠はない。

なお、原告は被告照美について表見代理が成立する余地があると主張するが、前記認定事実によれば被告照美が被告孝に処理を依頼した行為は自動車の登録名義変更手続という公法上の行為であってその外に被告照美が被告孝に一定の私法上の行為につき何等かの代理権を与えたとの主張、立証がないから被告照美の抵当権設定および連帯保証につき表見代理の成立する余地はない。

五  よって被告孝は原告に対し被告会社の債務のために本件不動産につき自己の持分三分の一に抵当権を設定し、かつ、連帯保証したものといわなければならないが、被告照美については右事実は認められないから、原告の被告照美に対する請求は爾余の判断をまつまでもなく理由ないものといわなければならない。

六  ところで前記のとおり本件不動産について被告孝はその三分の一の持分を有しているところ、前記のとおり勇夫から被告たかのへの所有権移転登記、または、同被告の保存登記がなされているのであるが、原告は右につき被告たかのと同孝の間でなされた通謀虚偽表示であるか、そうでなければ、詐害行為であると主張するので考えてみる。

《証拠省略》によれば前記のとおり原告と被告孝との間で本件不動産の持分の三分の一について抵当権設定契約がなされ、その旨公正証書が作成されたものゝ、抵当権設定登記が遅れているうちに、被告会社が、昭和四八年四月、倒産するに至ったところ、前記のとおり、その直後である、同年五月一五日および六月五日、本件不動産について被告たかのへ所有権移転登記、または、保存登記がなされたので、右事実を知った原告側職員が、同年七月、被告たかの方を訪れて右事情を尋ねたところ、被告たかのは被告孝の指図に従って右のような登記をしたものであると答えたが他に格別の説明をしなかったこと、その後、同年一〇月三〇日、前記のとおり被告孝は原告との間で被告会社の債務と右債務に対する抵当権設定を確認し、その際、前記登記の事情を尋ねられて岡崎側の親戚のものが本件不動産を被告たかのの名義にすればよいといわれ、反対できなかった旨答えていることが認められる。ところで、《証拠省略》によれば被告孝および同照美は、昭和三五年頃、結婚し、被告孝は金融機関に勤務していたが、その間、勤務先の金員を無断費消したゝめ、その賠償のため、養父勇夫から金一〇〇万円程の援助を受け、その後は妻を養親の許に置いたままで同人方へ帰ることも少なく、勇夫死亡後は養母の被告たかのに妻の生活を託していたが、昭和四八年五月頃、被告たかのの許に帰った際、被告たかのに対し従前いろいろと同被告および養父に迷惑をかけてきたので本件不動産を同被告名義にすると申向け被告照美も右申向に同調し、被告たかのはこれを承諾したことが認められる。なるほど、本件不動産について被告孝は、元来、法定の三分の一の相続分を有しているのに年長者である養母の被告たかのの名義に移転登記、または、保存登記をすることは、一見、不自然の感を免れないけれども、右認定事実のように被告孝が、従前、養親に迷惑をかけてきた事情および養子としての身分にかんがみるならば、その当面の目的は別として、自己の持分を養親に返す趣旨で遺産の分割協議をなし前記のように登記したとしてもあながちこれを否定することもできないところである。そうだとすれば前記認定事実のみでは本件不動産についてなされた前記登記およびその原因たる行為をもって通謀虚偽表示と断定することは、やゝ、困難といわなければならない。他に右行為をもって通謀虚偽表示なりと解せられる事実を認め得る証拠はない。

七  しかしながら、前記認定事実に徴すれば被告孝は本件不動産の三分の一の持分を相続により取得し、原告に対し被告会社の債務のために本件不動産の三分の一の持分を担保として提供し、かつ、右債務につき連帯保証人としての支払をなすべき義務を有しながら、他に何等の資産をも有していなかったにもかゝわらず、被告たかのの単独名義とすることはこれを遺産の分割協議とみても被告孝の右持分を無償で譲渡したものということができる。この点について被告たかの、同照美各本人尋問の結果中には被告孝は被告会社へ勤務してからは殆ど妻の許に帰ったこともなく、稀に帰ってきても仕事の話をしたことがないので被告会社の債務内容、被告孝の地位、活動については何もきかされていなかった旨の供述部分があるけれども、右は、前記認定の、被告会社の倒産時期と被告たかのへの登記のなされた時期との関係、原告職員と被告らとの問答、被告らの身分関係に照らし容易に信じられず、むしろ、被告たかのは被告会社の倒産、被告孝の地位、債務負担を知り、前記登記をなすことにより債権者である原告を害することを知って右持分の譲渡を受けたものと推認することができ、他に右推認を覆すに足る証拠はない。そうだとすれば被告孝と同たかのの間で本件不動産についてこれを被告たかのの単独所有とする旨の遺産分割の協議は取消を免れず、被告たかのは被告孝に対し本件不動産につき三分の一の持分の所有権移転登記手続をなすべき義務があり、被告孝は原告に対し右三分の一の持分につき本件抵当権設定登記手続をなすべき義務あるものといわなければならない。

八  そうして被告孝および被告会社は原告に対し連帯して金一、〇〇〇万円の支払義務あることは明らかである。なお、原告は右金員に対する昭和四八年四月二六日以降の遅延損害金の支払を求めているけれども右期日に被告会社が右債務弁済について遅滞に陥ったものとする主張、立証はない。しかし、少なくとも本件(昭和五〇年(ロ)第一〇六二号)訴状の送達による催告がなされたものとみて、右催告より相当期間を経過した時点において被告会社は右債務弁済につき遅滞に陥ったものといわなければならないから、本件記録によって明らかな被告会社に対する右訴状送達の日である、昭和五一年三月四日から相当期間の経過した、遅くとも、同年三月一〇日以降右金員完済まで商事法定所定の年六分の割合による遅延損害金の支払義務を免れない。被告孝についても右同様である。その余の遅延損害金の請求は理由がない。

九  以上の限度で原告の本訴請求を認容し、その余の請求を棄却することゝし、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条(訴訟費用の負担)、第一九六条(仮執行の宣言)を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村捷三)

〈以下省略〉

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